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文句なし。尊敬できる仕事。さすがリドリー・スコット。
1970年前後のアメリカ社会と麻薬犯罪を、犯罪者側と捜査側の双方から、あますところなく描き、怒涛のクライマックスにむけて正攻法で盛り上げていく。157分の長尺をまったく感じさせない、映画的興奮に満ちた、歴史に残る名作、と断言してしまおう。
特筆すべき点は数あれど、あえてひとつあげるなら、フランク・ルーカスというユニークで現代的な悪人を、かなり詳細に描きこんでいる点だ。
彼は麻薬密売の元締めでありながら、地味なスーツを着て、堅実に振る舞い、家族を大切にする。まるでビジネス・エリート。それは、善と悪の境界をあいまいにする巧妙な擬態。そうした多面的な悪人役に、名優デンゼル・ワシントンをキャスティングした時点で、この映画の成功は約束されたと言えるだろう。彼の振る舞いひとつひとつが、スマートで的確で、クールで、貫禄や繊細ささえ漂ってくる。実にカッコイイ。男もホレルぜ。
また、フランクの役柄に象徴されているように、この映画では、単純に善と悪を対比的に描かない。悪を追及する側の警察でさえ、腐敗しきっている。孤立する善良な刑事であるリッチーでさえ、家庭人としては不善をなしていると元妻から非難される皮肉。
加えて、この作品の副旋律としてベトナム戦争が描かれる。ベトナム戦争こそ、アメリカの正義が大きく揺らいだ戦争だった。この映画にあるのは、善と悪があいまいになり、「何が正しくて何が間違っているのかわからない」状況そのものである。
こうした中に、あの当時のアメリカはあった。だからこそ、麻薬はアメリカに蔓延したのである。こうした重層的な対比的な描き方が、「アメリカン・ギャングスター」では大変巧妙で「うまいなあ」と思う。
そして、この映画の真骨頂は、善をなすことが難しい状況にあってさえ、刑事リッチーが「それでも正義であろうとする意志」を貫こうとする姿勢にある。ここに、作り手が「アメリカの良心」を貫こうとする骨太なメッセージが明確に伝わってくる。それは「それでもボクはやってない」などに通じる、映画作家の「覚悟」の表明なのだとオイラは思う。
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