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インディージョーンズ。
気になります。
年齢を重ねた人しかわからないおもしろさ、余計見てみたい。
親子席があるスクリーンないかなあ。
ところで、
久々に、実家に帰っている。
いろいろと部屋の中を探索していると、『ほどける双子』のチラシが出てきた。
もう6年も前の芝居になるんだなあと、驚き。
確かに、わたしは旧姓のままだし。
今、二人を出産してみて、改めてこの芝居を振り返ると感慨深い。
「ハラノナカノイブツ、ウゴメクシュヨウ・・・・・・」なんてのは、リアルにわかる。
自分の体が自分ではなくなっていく瞬間たちの連続に、戸惑う。
そして、分離したあとの自分の体に還るはずの体が還らずにいることへの不安、苦悩も、またそこから見ることができるだろう。
妊娠出産とは、なんと神秘的で、なんと忌だろう。
産穢なんて昔いったけど、死穢と同じほどの穢れだったそうで、今では、社会的に幸福の賜物である妊娠出産が、そうではない一面を女性の中の陰の部分に残しつつ、受け継がれていっているのだろう。
それが、マタニティブルーや産後うつなんかの種になっているのかもしれない。
そして、育児に関わる自分を見て、母親と同じようなことを気づく。
あんなに嫌いな母親と同じ。
言っていること、やっていること、よく似ている。
過干渉なところ、反対にあきっぽいところ。
出産育児は、そういう母親と娘の双子であるような依存の部分を娘に発見させる発達段階なのかもしれない。
そう思うと、『ほどける双子』の彼女は、代々伝わる女性のジレンマの連鎖を物語っているのかもしれない。
なんて、おもってみたりして^0^
ほどける双子。
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