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「演劇」は共同作業である。

 投稿者:古田 彰信  投稿日:2003年12月22日(月)06時38分7秒
   はじめまして、tonmoさん。きちんとした文章を書かれる方ですね。感心してしまいます。
 ちょうど今、トミニシは、四国大会の準備でバタバタしています。tonboさんのご質問は、とても魅力的で、僕もしっかり答えたいと思うのですが、今はじっくり考える時間が取れません。詳しいことは、また後日にでも。
 最近出版された、保坂和志「書きあぐねている人のための小説入門」(草思社)という本があります。その中に、こんな一節があります。以下、引用。

 「…小説とは、「個」が立ち上がるものだということだ。べつな言い方をすれば、社会化されている人間のなかにある「社会化されていない部分」をいかに言語化するかということで、その社会化されていない部分は、ふだんの生活ではマイナスになったり、他人から怪訝な顔をされたりするもののことだけれど、小説には絶対に欠かせない…」

 「小説」という部分を「戯曲」というコトバに置き換えてみても、この示唆は有効なんじゃないか、と思います。
 演劇は、テクニックでつくられるものではない、と僕は思います。なんだか説明がつかないのだけれど、割り切れない、ふだんの良識的な自分であれば、心の奥深く、無意識のところへ押し込んでしまっているような気持ちや感情を、コトバにしたものが、戯曲なのではないでしょうか。そして、その作者が気づいていなかったことを、解釈し形象し表現する、それが「演出」であり、さらに演出家も気づいていなかった、コトバにならない「演劇的な情報」を舞台に結実させるのが、「役者」ではないかと思っています。芝居を作るという作業は、ひとりで作るのではなく、何人もの共同作業である点が、小説などとは大きく違う点ですね。

 今、取り組んでいる「水際の魚」は、県大会の時に、本来60分以上あったものを、50分に短縮しました。県大会の時点では、説明的な描写を削り取ったために、分かりにくい部分が多々あったことは確かです。幸い、四国大会では、作品の長さを60分にすることが許されたので、わかりやすくするための部分を復活させました。しかし、そうした部分は、ややもすると、演劇的な表現ではなく、「説明」になってしまう部分が多いのですね。つくづく我々は、コトバに偏って、表現をおこなっていることを実感させられます。
 もちろん、説明的なセリフでも、説明的でなく発することは可能です。しかし、これは、主に、演出や役者の仕事になりますね。
 書かれた作品を、芝居の現場に持って行き、そこで試して、また台本のレベルへ帰ってくる。その繰返しが、作品に命を吹き込ことなのではないでしょうか。
 

初めまして「野田秀樹」

 投稿者:tonbo  投稿日:2003年12月20日(土)02時10分36秒
  初めまして、古田先生。私は小松島の演劇同好会員ですが、トミニシ★エンゲキをのぞいていたら面白そうな板があったので書き込ませて頂いております。

実は私はこの前の徳島県高校文化祭が初めての生での演劇鑑賞でした。同好会を立ち上げて間もない小松島は人手不足でしたので、顧問の光山先生から雇われ、助っ人として私は舞台監督を任されていたのですが。お恥ずかしい話、それまで演劇の空気を肌で感じたことのない私は何をすればいいのか全く分からないまま本番を向かえていたのです。

そんな奴が何で舞台監督を引き受けたんだと思われるかも知れません。私は殺伐荒涼としたライフル部員で文化系の部活動には所属しておりませんし、これまでも一度っきり詩のボクシングにでたこと以外はそういう類の活動とは縁遠い人間でした。そんな私が演劇と出会ったのはスカイパーフェクトTVでした。実際の演劇はTVで見るのとは遙かに違いましたが当時の私は稲妻に撃たれた思いでした。(ここまで前ふりです)

私に演劇という禁断の果実を教えたのは野田秀樹でした。

私が初めて観た演劇は野田秀樹の「農業少女」です。そこにはたった四人の役者しか出てきませんでした。しかし彼らは床に引かれた二本の線と、カーテンと、様々な小道具を駆使して、虚構と現実の入り交じった素晴らしい世界を創り上げていました。深津絵里のコケティッシュ感、ロリータ感が、ブラウン感を伝って匂うような、悩ましい空間を生み出していました。九十分後、次の番組が始まっても僕は呆然としながら拍手し続けました。そして録画していたそれを巻き戻し、日が落ちてだんだんと暗くなる部屋の中で再生ボタンを押しました。結局、その日は三回観ました。次の日も三回観ました。その次の日も。

そして今度は野田秀樹の「赤鬼」を観ました。またもやスカパーです。「農業少女」よりも無骨な印象を受けましたが、フカヒレと偽って赤鬼(赤毛の外国人)の肉を喰わされた富田靖子の『鬼が人間を喰うんじゃない、人間が鬼を喰うんだ』という台詞にどきどきして“深津絵里よりもこの人は強いなあ”と感じました。女優を褒めるときに「強い」という形容詞を使ったのはこの時が初めてです。

そしてまたもや野田秀樹の「パンドラの鐘」を観ました。これはあまり覚えていません。ただ、前の二つの方が僕はずっと好きでした。理由は前の二つは小劇場だったので舞台がせまく濃密な感じがしたからだと思います。

そしてやはり野田秀樹の「オイル」です。どうもスカパーは野田秀樹ばっかりやっている気がします。主演の藤原竜也がとても美しかったのに対して松たか子がどうも印象が薄くぱっとしないように感じました。ですが、僕はこの舞台はとても好きです。舞台の奥から飛行機が出てきたり、プロジェクターを使っているように見せかけたりとギミックが盛りだくさんだったのです。ですが、9.11を絡ませたりイスラムをパロって出雲イスラモ帝国にしてみたり、八百万の神とGHQをダブらせたりという脚本には何だか深い意味があるようで、その実ニュースで報道されている内容から脱却できていないと感じられて白々しく思えたのも事実です。

こうして初めは私に衝撃を与えた野田秀樹という人物を、ちょっとスカパー観ただけのにわか演劇好きが分析するのもお粗末な話ですが。彼は演出家としての腕はとても素晴らしいと思うのです。特に「農業少女」の全編を包み込む色彩感覚はすごいと思いました。ですが脚本家としては迷走するところがあって、きっと彼の頭の中には言葉にならない量の情報が溢れているに違いないのですが、それらを無理に言葉にして脚本化したとき歪みが生じて「オイル」のようになってしまうのだと思いました。むしろ「農業少女」はあまり多くをいっぺんには語らない脚本であったが故に素晴らしいものに仕上がっているのではないか、と考えます。


実は私は次回公演の脚本を任されていて、今まで脚本など書いたことのない人間がなんとか手探りで書き上げました。ですがこうやって野田秀樹の脚本について考えると自分についても言えるのではないかなあ、と思われてきます。同好会内で「面白いけれど情報量が多い」と言われて、そのことに気付かされました。十分に消化できていない、整理できていない情報というのはとんでもなく扱いにくいものですね。ところでこのような質問をするのは不躾かもしれませんが、古田先生は脚本を書かれるときどのようにお書きになられますか?またどのようなことに気をつけていらっしゃいますか?是非勉強させて頂きたいのでお教えいただけますでしょうか。

それでは今日はこの辺で失礼いたします。長々と申し訳ございませんでした。
 

ファインディング・ニモ

 投稿者:古田 彰信  投稿日:2003年12月16日(火)13時59分58秒
   この冬一番の話題のアニメ。祝大ヒット。ひょんなことから人間につれ去られた息子を探すクマノミの、親子愛と成長の物語。
 好感が持てるのは、この映画、親子関係と「成長」のプロセスが、きちんと描かれていることだ。ピクサーの前作「モンスターズ・インク」では、子どもをオバケの世界から現実の世界へ返してやったあと、疑似親のオバケが、何と子どものところへ会いに行くという「いじましい」ラストが用意されていた。子どもを成長するものとしてあえて描かず、単なる愛玩動物のように描いていることが、子離れのできない現代の甘い親子関係を連想させ、僕は大いに不満を覚えたものだった。

 ところが、「ファインディング・ニモ」の親子関係は、違う。子どもはもちろん、親も、冒険を通して、成長するものとして描かれる。また、親は、子どもにとっての言わば「心の安心基地」であることを、きちんと描いているのも好感が持てる。子どもは、親のもとで甘え、癒されるからこそ、より広い社会へと一歩を踏み出すことができる。だからこそ、子どもにとって、親は、なくてはならないものなのだ。この映画のラストは、まさにそうした思想に基づいており、それはこのドラマの親子関係に深みを与えている。

 あと、人間社会の水槽から、魚たちが自力で脱出する、というのが、一見、実行不可能な高い壁で、チャレンジングでとてもいい。たとえていうなら、ドイツ軍の捕虜収容所から脱出する「大脱走」より、僕には高いハードルに思えるほどだ。(ただし、アメリカでは、トイレに生きた魚を流す子どもが増えて、ちょっとした問題になったらしい。クマノミは、熱帯魚店ですごく売れたらしいが、生死のほどはどうなっているのだろう)

 だが、ドラマとしての瑕疵も感じる。それは父クマノミの「冒険」が、実感としてわかりにくいことだ。これは、登場人物がサカナであり、サカナにとって切実なことの実感が、人間のそれとずれている、ということだ。サカナの実感が、観客に伝わるような工夫が、あと少し必要なのではないか。
 たとえば、父クマノミは、サンゴ礁の海(グレートバリアリーフらしい)から、シドニーまで「息子を訪ねて三千里」をするのだが、その「距離感を表すなんらかの方策」があればもっと分かりやすいだろう。あのクマノミは、なんと何千キロも移動しているのだが、映画を見ただけではわからない。何だか移動が、とてもお手軽だ。(実際には、黒潮に乗って、南洋の魚が日本に迷いこんでくることもある。そうした事実に基づいてストーリーが組み上げられていることが、観客に伝わらない)また、冒険のきっかけとプロセスが、いきあたりばったりなのも気にかかる。ますます冒険が軽く思えてしまう。

 それに、自然=ユートピア、文明=根こそぎ「悪」という図式が、子ども向けとは言え単純化されすぎている気がする。厳しい弱肉強食の世界でも、海が安全な水槽の中よりすばらしい理由をきちんと提示するべきだと思う。(もちろん、それは、海が「より自由である」からに他ならない)

 あと、アクアリストとして一言書いておくと、クマノミは一夫一婦制であり、子育てをする魚なのである(ただし孵化するまで)。この映画は、そうした魚の生態をかなり参考にして作られているが、そこを説明していないと「魚なのに擬人化しすぎだ」「もし、アクシデントなく、数百匹の子どもが生まれたら、この物語は成立するのだろうか」と、いらぬ心配をしてしまう人も出るだろう。普通の魚なら、孵化するまで、卵は放置するのが常だからだ。この映画は、まったくの絵空事ではないのに、そう見えてしまうのが、何だか惜しい。
 まあ、父クマノミの行動が、擬人化しすぎた根拠のない行動に見えたとしても、現代の核家族の親が、子どもに過剰にデリケートに接するサマに見えて、それはそれで、とても現代的かつ寓話的だとは思うが。

 それから、クマノミは、生まれたときは、みんなオス。性転換する魚として知られている。息子のニモも、立派に成長したあかつきには、女装して父親を困らせることになるかもしれない(笑)。
 

小津安二郎/補遺

 投稿者:古田 彰信  投稿日:2003年12月 8日(月)14時29分47秒
   下の投稿、読み返してみると、言葉足らずですね。
  
 ちなみに、今年は、小津安二郎生誕100年ということで、 
 月から金まで、BS−2で、午後8時ころから、
 小津作品の連夜放送があるということを知りました。

 「東京物語」は、12/12(金)午後7時45分です。
  生徒諸君、必見!
 

小津、平田オリザ、そして「トミニシ★エンゲキ」

 投稿者:古田 彰信  投稿日:2003年12月 6日(土)10時22分8秒
   >この問いに対するヒントが、小津映画にあるのではないだろうかと考えました。

 青空侍先生、まさにその通りです。僕もまた小津映画をじっくりと見直してみなければならない時期なのかも知れません。小津をリアルタイムで観ていないことが大きいのだと思いますが、ヨーロッパ人には小津が異文化であったように、僕にとっても小津は「異文化」なのですね、実は。

 小津は、「無」に着目し、「間」を意識した映画作家です。手元に資料がないので、あいまいな記述になるのが恐縮ですが、小津安二郎は、「下を向いて、三つ数えてから目をあげろ」と言ったような、役者に「機械的な所作」を要求する演出をおこなっていたと聞きます。そうした演出が、「無」や「間」を作りだし、観客に想像する余地を与え、「演じすぎない演技」、ひいては演技が説明に陥らないための方法論を作り出していたように思います。

 黒澤明が、西欧的なダイナミックな映画文法を持ち込んだのとは対照的に、小津の方法論は、とても日本的(東洋的?)だと思います。現代のアジアの映画作家の中で、小津的な映画を撮る人たちがたくさんいるのは、偶然ではないのでしょう。小津は、近代の中で我々が忘れかけた日本人の伝統的(東洋的?)な文化や思考を、しっかり思い出させてくれます。
 12月12日は、小津の誕生日でもあり、命日です。そして、トミニシ★エンゲキの四国大会にむけた稽古の再開日でもあるのです。

 でも、おそらく、今のトミニシ★エンゲキのメンバーは、平田オリザも知らないし小津安二郎も知らないでしょう。少し前までは、多くのメンバーが平田オリザの作品を観てました。平田オリザを知らない「トミニシ★エンゲキ」なんて、お酒の入らない忘年会ていうか、ネタの乗ってないお寿司っていうか、北島マヤのいない「ガラス仮面」みたいなっていうか。
OB諸君、現役部員にヒトコト言ってやってください。

 高校生諸君は、とりあえず小津安二郎監督作品「東京物語」をレンタルショップでVTR借りてきて観るべし。
 

「表現はこんなに自由だ」平田オリザ

 投稿者:青空侍  投稿日:2003年12月 6日(土)08時16分43秒
   今日の徳島新聞の企画記事「私の中のOZU」に、平田オリザ氏の小津安二郎監督に関するインタビュー記事が掲載されていました。とても興味深く、また古田先生の「彫刻には 瞳がない」に通じるものがあると思われるので紹介します。

小津映画から受けた影響について、氏は
「無、あるいは間。何もないことは勇気がいりますが、それでもいいということを学んだ。表現 はこんなに自由だと。若いころ迷ったときに『小津がいつから大丈夫』『観客の想像力を信じよう』と勇気をもらいました。」
また、方法論について
「例えば小津映画では会話をしている二人の奥から他者が入ってきて、手前の二人の表情が見えなくなり、観客は他者の視点を得る。僕の演劇では『客席に後ろを向いてしゃべる』という特徴があるが、それは小津の影響で始めたものです。」
そして、現代演劇に小津をどう継承していくのかということについて
「小津の言葉は平板です。彼は客観的に日本を見ているところがあり、小津映画の言葉は外国人から見た日本語だと思う。小津の残したことを、やみくもにではなく批評的に受け継ぐことも必で、僕はより口語体でという問題意識を持っています。」
最後に、海外で小津が受けることについて
「小津映画の内容は家族や親子など普遍的なもので、コミュニケーションの仕方が日本的。ヨーロッパの知識人にとっては今どう異文化と向き合うかが最大の課題で、小津の『考えることは同じなのに表現がこんなに違う』ところに引かれるのでは。コンテンツは世界中同じになっている今、人間の微細な差異に着目する小津的表現が注目されているのだと思います。」
 
というように語っています。

古田先生の「彫刻には 瞳がない」

『だが、瞳を持つ彫像は、ひどく安っぽい。それは、技術的に拙い人たちが制作しているということもあるだろうが、より根本の問題としては、瞳を描くことによって、彫刻と周囲との関連が強調され、結果、彫像の本来持っている「力」や「存在感」が薄れ、彫像は「説明的」になったために、ひどく安っぽく見えたのだと言えはしないか。
 演劇の中の人物もまた、すぐれた彫像と同じように作られるべきものだと考える。物語に奉仕する、薄っぺらな登場人物ではなく、役者の「存在感」が横溢している、彫塑的な人物造型。優れた彫像が、言葉を超え、本質的な人間存在に迫るのと同じように、演劇もまた、個別の身体を通して、普遍的な人間存在に対する問いかけを行い得る表現手段であるべきだ。しかし、我々は、無自覚のうちに、演劇において「瞳」を描いてしまっているのではないか。演劇において「瞳を描かない」ということは、どういうことだろう。
 僕は、四国大会の「水際の魚」上演を前にして、そんなことを考えている。』

 この問いに対するヒントが、小津映画にあるのではないだろうかと考えました。一度ゆっくりと見直さなくてはと思います。

 

阿修羅のごとく

 投稿者:古田 彰信  投稿日:2003年12月 5日(金)22時21分14秒
   最近北島シネコンで観た映画。
 高校生諸君は、こんなゲキシブ映画は見ないのだろうな、と思いつつ感想を書くのだ。

 向田邦子原作、豪華スター競演のホームドラマ。
 大竹しのぶ、黒木瞳、深津絵里、深田恭子、仲代達矢、小林薫、
 桃井かおり、紺野美沙子、八千草薫、etc…。
 よくこれだけのメンバーを集めたと思う。
 でも、望外の私的な驚きは、
 この間感動した映画「ロボコン」のヒロイン、長澤まさみが出演していたことだ。
 でも、豪華キャストの蔭に隠れて、セリフなんて、10個もないノダ。
 10個か……ワビしいのう。

 この映画、全体のトーンはコミカル、そして、女性に潜む「阿修羅」な部分を、
 ショッキングなセリフで彩り、家族の間に巻き起こる赤裸々な愛憎劇を
 快調なテンポで描いている。
 ただ、少し「演じすぎ」なのが気になった。

 もう少し詳しくいうと、
 たとえば、母が倒れるシーン、
 四姉妹が病院の控室で泣くのだが、みんな愁嘆場を演じてみせる。大泣きする。
 まるで、台本に「泣く」と書いてあったから泣いているかのようだ。

 もちろん、肉親の死は多くの感情を揺さぶるが、
 悲しいからと言って、人は泣くとは限らない。
 黙って悲しみを堪えるかも知れない。
 もちろん、役者陣は達者なので、「泣く」のバリエーションは、
 何種類も見せてくれるわけで、それはそれで興味深いが、
 感情を説明されているようで、何だか物足りない。
 逆に抑制した演技をしている仲代が、引き立ってしまうという皮肉。

 監督の森田芳光は、個人的にも好きな監督である。
 過去には、大傑作「家族ゲーム」をはじめ、スタイルにこだわり、
 抑制された演技を企図した作品を数々作ってきているだけに、
 この演技のスタイル、もちろん確信犯的な戦略だとは思うのだが、
 僕には、成功しているようには思えない。
 いらぬ邪推をしてしまえば、
 雇われ企画に、あまりやる気がないのではないかと思えてしまう。
 一家言持つ役者をコントロールするのは、骨の折れる作業だろうし。
 
 あ、とても面白かったのは、全編いろんなものを、登場人物がパクパク食べることだ。
 食べることは、生きるためのバイタリティそのものであるということを、
 この映画、きちんと確認させてくれる。
 そして、人間同士の愛憎も、同じように、
 人として根源的な営みであるということにも、再確認させてくれるのだ。
 

四国大会/打ち合わせ

 投稿者:古田 彰信  投稿日:2003年12月 3日(水)17時05分37秒
   12/2、高知へ行ってきた。高知市文化プラザ「かるぽーと」で打ち合わせ会。
 参加者は、ミユキ、トモミ、ミスズのスタッフ3名と、部長のヨシオの計4名。7時半に阿南を出発。行きは国道195号、木頭の山を越えて、最短コース(しかし、カーブは一番多い)経由。3時間半で行けるはずだったのだが、木頭村で落石工事のため、時間通行止めになる地点があって、30分近く待たされたのをはじめ、いたるところで工事中のため仮設信号で待たされる。おかげで、四国山地のダイナミックな自然は満喫できたが、打ち合わせの時間に、遅れはしないかとやきもきした。ミユキちゃん、那賀奥のダム湖の壮大さに驚く。紅葉はすでに落葉のあとだった。
 ちなみに、帰りは、高速をところどころ使って、池田町経由で帰徳。吉野川の渓流ぞいは、紅葉がまだまっさかり、とてもきれいだった。

 高知の四国大会の会場の話にもどそう。「かるぽーと」は、たいへん立派なホ−ルだった。全国大会も余裕でこなせるサイズ。ただし、舞台もその分大きくて、2階席からみると、舞台上の役者が、アクリル飼育ケースの中のスズムシのように見える。舞台が大きいから、人間が相対的に小さく見えるのだ。これでは、県大会時のトミニシのような、地味めで小さめの舞台装置では、装置の存在感も、うまく伝わらないに違いない。
 また、観客席の傾斜はゆるく、とくに一階席は、舞台の下から見上げるポジションになるため、舞台の前奥の役者の並びが、平板に見える。
 くわえて、オペラ上演も想定して作られているらしく、声はビンビンに響き、残響も(演劇用途に関しては)とんでもなく長い。セリフの指向性、響き、大小などのニュアンスは、見事にとんでしまう。つまり、セリフの指向性・響き・大小などは、多少変化をつけても、同じように聞こえてしまうというワケ。微妙なセリフを微妙に組み立て、等身大の役者の存在感を重視する、トミニシのような芝居には、難儀なホールかも知れない。

 一応、西村先生をはじめ、高知の方々に、舞台装置・照明・音響などを、県大会の上演をベースに説明したが、今回、実はかなりの変更を考えている。もちろん間際の変更は冒険だが、ホールのたたずまいが、徳島の県大会などと、あまりにも大きく違っているゆえに、ホールの条件にあわせて、大胆に、今までにない、自由な解釈を施してみようという気になった。一、二日中に、台本、そして装置・照明などのプランを一から練り直し、もう一度高知県の事務局に送り直すことになる。高知の皆様、お手数をおかけします。
 

彫刻には 瞳がない

 投稿者:古田 彰信  投稿日:2003年11月28日(金)03時10分24秒
   ある美術館で、ギリシャ時代からヘレニズム時代の彫刻を数多く見た。僕は美術には詳しくないので、美術のことをよく知る者にはとるに足らないことなのかも知れないが、その途中で気づいたことがある。
 ほとんどの彫刻の頭部には、瞳が彫られていないのだった。いわゆる白眼である。

 いや、すべての彫刻ではない。例外的に2、3の彫刻には、瞳が彫られているのだった。だが、それらの「瞳のある」彫刻は、力がなく、何となく間の抜けたようで、何だかとても安っぽく見えた。「瞳を彫らないこと」は、もしかして、ギリシャやヘレニズム時代の彫刻家にとって、重要だったのではないか。瞳を彫らない意味について、僕はふと考えた。

 瞳を描けば、彫像と「その先にあるもの」との関係を、観るものに、より明瞭に理解させることができる。たとえば、彫像に驚きの表情が浮かんでいたとしても、白眼だけでは「なぜ(何を見て)驚いているのか」観る側は理解しづらい。しかし、瞳を描けば、彫像の状況や感情を、もっと明瞭に見る者に伝えることができるのだ。

 だが、瞳を持つ彫像は、ひどく安っぽい。それは、技術的に拙い人たちが制作しているということもあるだろうが、より根本の問題としては、瞳を描くことによって、彫刻と周囲との関連が強調され、結果、彫像の本来持っている「力」や「存在感」が薄れ、彫像は「説明的」になったために、ひどく安っぽく見えたのだと言えはしないか。
 演劇の中の人物もまた、すぐれた彫像と同じように作られるべきものだと考える。物語に奉仕する、薄っぺらな登場人物ではなく、役者の「存在感」が横溢している、彫塑的な人物造型。優れた彫像が、言葉を超え、本質的な人間存在に迫るのと同じように、演劇もまた、個別の身体を通して、普遍的な人間存在に対する問いかけを行い得る表現手段であるべきだ。しかし、我々は、無自覚のうちに、演劇において「瞳」を描いてしまっているのではないか。演劇において「瞳を描かない」ということは、どういうことだろう。
 僕は、四国大会の「水際の魚」上演を前にして、そんなことを考えている。

 

伝える

 投稿者:青空侍  投稿日:2003年11月26日(水)09時30分18秒
  劇「青空」を創るにあたって

> 今年度の近畿大会、上演校の「戦略」が、すべて効果的に用いられていたかと言え >ば、僕は疑問を感じる。考えたことを書いてみよう。
> たとえば、声の問題。演劇では、一般に「大きな声」「響く声」がよしとされる。そ>うした声を獲得するために、どこの演劇部でも「発声練習」をしている。
> しかし、「大きな声」「響く声」が出るようになったからと言って、その声が観客の>もとへ届くとは限らない。役者に何より必要なことは、「(演技者が)観客席に届けよ>うと企図すること」である。観客に届けようとしなければ、声は観客に届かない。
> もし、観客に声を届けるために「大きな声」「響く声」を出そうという戦略を立てた>としよう。その代わり、演技者に「客に届けようとする意識」が、ぽっかりと抜け落ち>ていたら……。もちろん、その声は、観客席に届かないのである。

 古田先生のおっしゃっている「客に届けようとする意識」を、これから育てていきたいと考えています。私はそれを”思い”という言葉で生徒たちに説明しています。
 私が取り組む人権劇のように、一つの劇のために集まり、一回の公演を終えると解散するといった場合、継続的な練習ができないために演技力といった技術的なことについて多くは望めません。また、演技力等を競い合うといった趣旨のものでもないので、そういう意味での「戦略」も持ちません。
 しかし、劇である以上面白く(広い意味で)なくてはいけない。決して自己満足であってはいけない。人権劇をするための劇であってはならない。これは大切なことです。
 そこで、大切なことは”思い”を持ち、それを”伝える”という意識だと考えています。人権劇は「観客の人権意識を高め、あらゆる差別意識から解放させる」という目的を持った劇です。この目的を達成するために、演者は舞台に立つわけです。その時、演者自身が”思い”を持っていないということは考えられません。これは、演技以前の問題です。セリフのひとつひとつが自分自身のものになっていなくては、閉ざされた人の心を開くことなどできないと考えるからです。
 劇も映画も、観客はそこに自分自身を発見し、見つめ直し、新たな自分を創造するのだと思います。つまり、劇や映画を見るということは、”自分探しの旅”なのではないでしょうか。舞台で演じられる登場人物のひとりひとりがしっかりとした”思い”を持って立っていればこそ、そこに自分自身を発見することができるのではないかと考えるわけです。
 これから2ヶ月間、劇「青空」のスタッフは、”思い”を育てるミーティングを計画しています。ここで、”伝えずにはいられない思い”を育てることができるかどうかが勝負の分かれ目・・・。それぞれが、自分自身との闘いの日々になると思います。
 古田先生には、四国大会が終わったらご指導をいただきたいと考えています。毎度のことながら、サポートをよろしくお願いいたします。
 

「戦略は難しい」

 投稿者:古田 彰信  投稿日:2003年11月26日(水)00時06分58秒
   22日と23日、近畿大会(近畿高等学校総合文化祭)に行ってきた。場所は奈良県桜井市。
 「奈良だから、大阪の少し先だろう。楽勝楽勝」と軽く考えていたのだが、甘かった。天理で高速を下りてから、しばらくかかるのだ。 おまけに、天理から桜井まで、一般道が結構混む。
 結局、移動時間は、片道5時間弱、一日あたり約10時間弱。日帰りで往復したから、移動時間は、しめて20時間弱。気が遠くなる。

 結局、二日間、8本の作品を観ることができた。全体としての第一印象は「稽古を十分積み重ねている作品が多い」ということだ。大人数が周到に動き、細かい配慮が伺われる作品がたくさんある。また、テキストをどう表現するか、演技や演出に「戦略」を持った作品もいくつかあった。
 四国はなかなかこうはいかない。ちょうど一週間前に、愛媛の県大会を観に行った。代表になった愛媛県の2校(川之江/新居浜南)については、台本としては大変野心的で面白い反面、演技的には、台本の要求に対してやや無邪気で、役者は、現段階では、無意識の情動に身を任せている感が強かった。(もちろん、僕は「無意識の情動」に身をまかせることを否定的にとらえているのではない。トミニシ★エンゲキの芝居などは、まさに「無意識の情動」そのものだろう)

 今年度の近畿大会、上演校の「戦略」が、すべて効果的に用いられていたかと言えば、僕は疑問を感じる。考えたことを書いてみよう。
 たとえば、声の問題。演劇では、一般に「大きな声」「響く声」がよしとされる。そうした声を獲得するために、どこの演劇部でも「発声練習」をしている。
 しかし、「大きな声」「響く声」が出るようになったからと言って、その声が観客のもとへ届くとは限らない。役者に何より必要なことは、「(演技者が)観客席に届けようと企図すること」である。観客に届けようとしなければ、声は観客に届かない。
 もし、観客に声を届けるために「大きな声」「響く声」を出そうという戦略を立てたとしよう。その代わり、演技者に「客に届けようとする意識」が、ぽっかりと抜け落ちていたら……。もちろん、その声は、観客席に届かないのである。
 

「青空」

 投稿者:青空侍  投稿日:2003年11月20日(木)19時23分27秒
  あまりの偶然に、投稿させていただきます。
私も、今日、人権問題学習(この言い方にまだ違和感があるのですが)をしました。
「ケガレと差別」という内容です。
そして、来春、人権劇をする予定で、現在準備を進めているところです。
タイトルは「青空」。
さいとうさんの書き込みにあった「青空」にもつながる内容です。

さいとうさんの研究授業の成功を祈ります。
 

補遺

 投稿者:すふぃあ  投稿日:2003年11月20日(木)00時00分22秒
  「高校生にしかできない芝居」手短に言うと…
「役者は演じて10代になれる。でも、この不安定な年頃のリアリティが欲しかった。」
あるマンガの中で、登場人物である演出家が言った言葉ですが、まさにこんな感じでしょうか。
 

高校生にしかできない芝居

 投稿者:すふぃあ  投稿日:2003年11月19日(水)19時47分30秒
  「高校演劇」は高校生にしかできない、とよく言われます。では、その「高校生にしかできない芝居」とは、どんな芝居でしょう…。
その答えは、今回の「水際の魚」で出されたかも知れません。
今回の舞台では、古田先生が表(?)の掲示板でも書かれているように、ラストシーンを書き換えるという話が出ていたそうです。そのラストシーンがどんなものだったかは、古田先生が私の掲示板に書き込んでくださったので割愛しますが、もう高校生ではなくなった近藤理恵さんの目から見た「教師の思惑とは全然ちがうところにある、子どもの世界のリアリティ」からインスピレーションをもらった古田先生が書いた、救いを持たせる肯定的なラストシーンだそうです。
結局はこのラストにはしなかったそうですが、もし、この「前向きで肯定的な」ラストになっていたとしたら、それはもう「高校生にしかできない芝居」ではなくなってしまうと思うのです。
誰もが過ごした青春時代、その高校生という、人生に二度とない年代を駆け抜ける中で、誰もが感じたであろう切なさ、やるせなさ、そういった一触即発の不安定な年頃のリアリティは、高校生にしか演じきれないものだと思うのです。
近藤理恵さんも高校を卒業し、大人への階段を登っています(何かの歌詞にあったような言い回し…(汗)) おそらく、今の近藤理恵さんなら、この「水際の魚」という作品に、救いを見出す事ができると思うのです。でも、それは高校生の頃にはできなかった視点や考え方かも知れません。
齢を重ね、経験を重ねるにつれ、若かった頃の自分を客観視できるようになること…それは、悲しいことかも知れませんが、やはり現実なのです。
そう考えると、「水際の魚」は、今の皆さんにしかできない舞台だと思うのです。

キャストの皆さん、スタッフの皆さん、そして古田先生、今回の舞台は、そんな皆さんが日頃感じている切なさ、やるせなさ、また、少しでもいい舞台を作るための日々の苦労や苦心、そして、そんな中で感じる喜びが見事に昇華された、素晴らしい舞台だったと思うのです。

四国大会でも、「今しかできない」舞台を見せて下さい。
高校生としての一瞬一瞬を、生きてください。
現在は一瞬にして過去になり、未来は一瞬にして現在になる、この一瞬のつながりこそ人生なのですね。
まさに「瞬間=永遠」ともいえる時の流れの中で、悔いのない一瞬を生きてください。
…何だか、訳が分からなくなりましたが。

私も生意気でしたね。すみません…
それではまた。。。
 

「今しかできない」水際の魚を

 投稿者:ヨシオ  投稿日:2003年11月18日(火)18時57分25秒
  ■大会に向けて「水際の魚」を作っている時に、私が一番思っていたことは、高校生にしかできない芝居ってどんなものだろう?ということでした。今しかできないことは、きっとあるとは思うけど、じゃあ高校生だった人たちとのお芝居は、どう違うのかと聞かれたら、きっとあまり何も言えなかったんじゃないかなぁと思います。
■県大会を実際に終えてみて、私が真っ先に感じたことは「私ってへっったくそやなあ」というようなことでした。けど、改めてそうやって思った時、本当に少しだけ高校演劇でしかできないことが分かったように思いました。今、高校生である私には、できることよりも、できないことの方がはるかに多いです。知らないこともたくさんあります。けれど、その中で、根本的は部分はきっちりできていると思えるようになりたいです。ならなければきっと伝えられないんじゃないかと思います。
■川之江高校さんが、紙まつりで「パヴァーヌ」を上演したとき、「アキちゃんとの思い出は、川之江の部員さんたちと演劇部との思い出だ」というようなことを帰りに古田先生が言っていました。私にとって、その言葉は、とても驚きだったことを今でも覚えています。何故なら、そんなふうに芝居の中で「自分たちの想い」を伝えることができるなんて思いもしなかったからです。私は「水際の魚」もそんなようになればいいなあとすごく思います。最後の永子の哀しみは、富西の演劇部員のそれとしてお客さんに伝えれば、その「悲しくてやりきれない」ということが、お客さんに実感として伝わるんじゃないかなあと思いました。
■「今しかできないこと」をもっともっと伝えたいです。それは、表だけじゃなく裏方も、「今しかできない」照明、 「今しかできない」音響、「今しかできない」舞監などなど、考えてみたらいっぱいあると思います。富西の「今しかできない」水際の魚を目指して精一杯やりたいです。課題は確かにたくさんあるけれど、それもひとつひとつ「今しかできない」不器用な方法で解決していけたらいいなあと思います。一瞬一瞬を高校生の「私」として感じて芝居を作っていきたいです。生意気な奴です。ごめんなさい。
 

「水際の魚」

 投稿者:すふぃあ  投稿日:2003年11月14日(金)10時06分14秒
  感想叫びたいのですが、うまくまとまらず、めちゃ×2 長いカキコになってしまいました。
私の掲示板にアップしておきます。支離滅裂で意味不明で稚拙な文章ですが、よろしければどうぞ…。
私が観た、他の3本の作品についても、感想書いております。

http://all.at/rodely/

 

つけたし  ↓ です。

 投稿者:伊丹来未  投稿日:2003年10月12日(日)02時10分4秒
  お芝居したいな、という気持ちを刺激されたお芝居でした☆  

宇宙の旅、

 投稿者:伊丹来未  投稿日:2003年10月12日(日)02時07分35秒
  久しぶりの叫びです。見てきました、鈴江俊郎先生(前回の古ぷ上演を見に来てくださった!!)の新作!「宇宙の旅、セミが鳴いて」。なんていうか、久しぶりにここに叫んでみようと思った作品でした。
京都芸術センターというところで上演されたのですが、、私も初めて見る四面アピールのセンターステージでした。
芸術センターは小学校跡地なのですが、何度か行ったことはあるものの、芝居を見たのはまたまた初めてでした。
会場に行くといつも大変お世話になっているアトリエ劇研の杉山プロデューサーに会いました。知り合いの方と会えるっていうのは、なんだかうれしいです。
どうやら杉山さんは今回の芝居の企画者だったようです。(すごい!)
本題のお芝居。。
んーー、豪華でした!杉山さんのほかに企画に松田正隆さんなど、パンフレットに並ぶお名前がなんて豪華!!パンフレット、厚紙だし(笑)
内容は非常にわかりやすかったように思います。
それが、すっきりキレイにまとまっていたように思います。
稽古を積み、洗練?された感じでありました。
非常にわかりやすいのですが、ラストのドラマティックなシーン(・・と、勝手に私が思っているシーン・・笑)が、うまく心に響けなかったように思います。
ストーリーを非常に強く感じるというか、この展開にどのような末路をつけ、終止符を打つのかが、前もって見えてしまったからでしょうか。
人の心の変化より先にストーリーが展開を運んでしまっているような感じ?に思いました。うまく書けませんが・・汗。。
それが原因で、心に響きにくかったのかな、、など頭で整理しながら帰宅しました。
パンフレットを読み返しながら。
いつも、お芝居を見に行くと、終わる頃にはいつの間にかすごく時間がたっていて夜遅く。
本数の減ってきた地下鉄に乗って帰りながら、こんな帰りの遅い日は芝居を見たんだな、なんていう感じが普通ながら、します。
非常に興味があったお芝居なので、見にいけてうれしい。
会話が、台詞がとても面白く、、お芝居の世界に入りやすかったです。
 

「ロボコン」補遺

 投稿者:古田 彰信  投稿日:2003年10月 8日(水)20時36分39秒
 

 すふぃあさん、ご無沙汰しています。徳島も県大会の準備のシーズンに入って、いろいろ忙しくなっています。徳島は、全国大会の前年ということもあって、事務局らの地道な努力などが功を奏し、県大会の参加校は17校と、近年になく盛況です、トミニシ★エンゲキの子供たちも、今準備におおわらわです。

 「ロボコン」について補遺。いろいろな見方があるようで、
「映画瓦版」というHPを主催している服部弘一郎などは、「ロボコン」をスポ根ドラマと規定し、「スポ根に必要なのは「血と汗と涙」であり、物語やキャラクターの骨組みは、「血と汗と涙」を盛り込むための下地に過ぎない。それなのにこの映画は、下地を作るだけで7,8割は満足してしまっているように思える。これは間違いなのだ」と述べています。僕は、「ロボコン」が、スポ根ドラマだとは全く考えていなかったので、「ああ、こんなふうに考える人もいるのだなあ」と変に感心してしまいました。

 前に書いた通り、無骨であり凡庸であり「だらだらしている」からこそ、登場人物たちの存在感がたちあがり、凡庸な僕たちでも、そこに自らを重ねあわせることができるわけで、それは、この映画の戦略だと思うし、ある意味「演劇的」な試みだと思うのですが、そうした確信犯的戦略そのものに乗れないなら、そりゃつまらないわな、と思います。  

 拙くても、ひたむきさや正直さゆえに高校演劇を愛する人なら、「ロボコン」の良さは、きっと分かると思うのですが…。
 

「ロボコン」気になっていましたが…

 投稿者:すふぃあ  投稿日:2003年10月 7日(火)22時59分31秒
  お久しぶりです。
ちょうど昨日でしたか、ビデオレンタル屋さんの情報誌で「ロボコン」という映画の存在を知り、気になっていたところです。
情報誌で見る限りでは、登場人物がかなり個性的らしいと見ましたが…。
古田先生の感想を見て、ぜひ見たい気持ちに拍車がかかりました(笑)
機会があったら 機会を作って、ぜひ見ます!!

ちなみに今、私は愛媛県東予市にいます。
川之江高校も出場する愛媛県東予地区大会の会場である西条市から、車で15分ほど。
どんどん川之江に近づいてきている今日この頃。これからもよろしくお願いします。
…感想叫ばなくてすみません。それではまた。。。

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