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AI・HALL
投稿者:
伊丹来未
投稿日:2004年11月24日(水)22時12分49秒
ここに書きこみが少なく少し寂しいデスネ。。
先日見た芝居「石鹸心中」(作:鈴江俊郎)についてちょっとだけ書きます。
会場は大阪伊丹市のAI・HALL。現在関西在住のチーム関西(笑)で見てきました☆ほほほ(笑←?)
開演30分前、ホールに入ると薄暗い中にたつ舞台セット。
面白い芝居が見れそうな予感がするようなセット☆
やはり存在感がある。セットには高さがあり、スロープでメインの舞台とその脇を行き来できる。舞台は立体的。役者は上(かみ)・下(しも)の左右移動のほかに手前・奥への前後移動、これらを組み合わせた斜め移動、それに加えスロープを使うことで高低移動が可能となる。
演出も舞台の使い方がものすごく上手!役者のちょっとした移動、動きで同じ場所が幻想の世界にかわる。
このお芝居でもうひとつ面白かったのが台詞。
言葉遊びのようにできた台詞。これだけで面白い!!
それと台詞の発し方も独特。基本台詞は早い、だけに発する難易度は高い(苦笑)
台詞は早い、でも間の使い方もとても上手!
最初の場面はどっぷりとした間。間。
まず登場している男、女の関係がどんなものなのか、想像するには十分な間。
お客さんが芝居に引き込まれた頃には、間もすっかりコンパクトになっている。
そして台詞、体の切り替えがとても上手で、存在感ある役者さんでした。
あ、音響に関しても。スピーカーの位置か、音がとても立体的!そしてクリアな音。
芝居の細部まで演出が行き届いたお芝居でありました。
ではでは。。
失礼します
投稿者:
シアター・プロジェクト香川 植/A>
投稿日:2004年10月26日(火)01時13分47秒
突然の書き込みで失礼します。
15年前に香川県の山本恵三先生のもとで
演劇に情熱を燃やしておりました植田と申します。
古田先生の感想をいつも興味深く拝読しています。
さて、私は現在、香川県主催の市民劇に携わっています。
「さぬきシェイクスピア」というこの企画は、
構成・演出に劇団山の手事情社の安田雅弘氏を迎え、
11月の本番に向けて現在稽古の真っ最中です。
今年は「ハムレット」を上演します。挑戦です。
よろしければぜひ足をお運びください。
公演情報はホームページに記載しています。
失礼しました。
http://sanuki-s.vis.ne.jp/
独り言デス(スミマセン)
投稿者:
伊丹来未
投稿日:2004年10月14日(木)19時08分29秒
演劇と直接は関係ありませんが、通じることも無きにしも非ず(?)、と勝手にカキコしてます。苦笑
ホントは、書きたかっただけです(笑)すみません(^^;)
先日、東京の新宿に行きました☆天気はあいにくの台風。
用件は展示会の警備でした。
東京の展示会に椅子を出展したので、それの警備です。
椅子という実物をつくるのは初めてで、また大きな展示会に参加したのも初めてでした。
大学では建築を主にしているのですが、家や公共施設をテーマにすることが多いので、いつも作品というのは全て模型と図面での表現が主となっています。
だから今回のような家具、実物を作るのは新鮮でありました☆
最初は、実際に人の体重がのるもののデザインであるし、自分で加工ができる材料も限られることで不安がありありありでした。
だから実際、展示会を自分の目で確認したときはまずホッとしました。
ビルに多くの学生・プロの椅子などが並び、そこは私には歩くだけで楽しい場所でした。
自分の作品の横にノートを配置し、一般の見てくださったかたに意見を求めていたのですが、私が様子を見に行った日のノートには1つの感想がありました。
1つの会場に100以上(もっと?)の椅子が展示なので、意見を書いてもらえるのも貴重でした。
いただいていた感想は1言ではなく、ノート1ページの感想でした。
褒め褒めというのではなかったのですが、自分の作品へのダイレクトなリアクションがとても嬉しく思いました。
大学で建築をやりながらも、建築大学関係者以外から感想をいただける機会は少なく、また自分の設計した建物の実物を見たことはありません(当たり前だ)笑。
だから「学校」を出て、実物でもらった意見が嬉しかったんですね。
もちろんまだ在学中なので、本当に「学校」から出たわけではありませんが。
トミニシ演劇部さんも、もうすぐ県大会という場でお芝居をする機会があります。
本番では、普段の練習よりもっと生生しい会場からのリアクションがリアルタイムでもらえますね。
もちろん感想を書いた紙もいただけるんでしょうけれど、そういうのをお芝居をつくる過程から大切におもい、お芝居つくりをやっていけると幸せですね。
何か無理にまとめにはいってしまった(苦笑)けど。。
完全に独り言ですね、ごめんなさい。。
最近感動したことでした(笑)
最後に、会場に足を運んでくれたマリナン!嬉しかったです。ありがとう。
「LOVERS」と「アイ、ロボット」
投稿者:
古田 彰信
投稿日:2004年10月 3日(日)22時02分26秒
おくればせながら「LOVERS」を観た。
唐の時代の中国、盲目の少女と、
彼女を利用しようとする若い男の愛と戦いの物語。
チャン・イーモウ監督。金城武、アンディ・ラウ、チャン・ツイイ。
とても端正な感じがする。
計算されつくした構図やフレーミング。豪華で鮮烈な色彩構成。
際立つ様式性。静から動への、スキのない演出。
凡百の監督には真似のできない絵作り。
だが、これをアクション映画として観るとき、これでいいのか?と僕は思う。
香港映画ではワイヤーワークがよく使われるが、
ジャッキー・チェンなど、
リアリティある身体の延長に「誇張表現」としてワイヤーワークを使う場合、
僕は、違和感を覚えない。
ところが、たとえば遊郭で
アンディ・ラウとチャン・ツイイが剣を交えるシーンの、
ワイヤーアクションやCGは、身体性やリアリティを無視したもので、
スーパーマンというか、この世のものではなく、
とてもファンタジックに作っている。
CGは、スーパーマンたちが跋扈する世界を
なんだか安直に作り出してしまう。
作者のさじ加減で、どんな場面でもどんな展開でも可能だ。
(ラストの戦いでは、季節も変わってしまうし!)
確かに端正で美しいけれど、確かにファンタジックで絢爛だけれど、
「何でもあり」の世界にハラハラドキドキはあるのか?
正直、僕には退屈だった。ごめんなさい、チャン・ツイイ。
演劇者としての僕は、
戦いの場の身体のリアリティをもっと感じさせてほしいと思う。
これは無いものねだりだろうか。
「アイ、ロボット」。
近未来。ロボットが闊歩する未来都市。
ロボット工学の第一人者の不審な死の真相を
ウィル・スミス演じる刑事が追う。アレックス・プロヤス監督。
粗雑な「ターミネーター」といった趣。
ストーリーや設定が大仕掛けで、展開が荒っぽく、
書き割りのような登場人物(ウィル・スミスとか)の方が
ロボットのように見える。
要するに、作り手には、
ミステリとして見せるよりも、ドラマとして見せるよりも、
破壊やアクションを
CGによる絵柄で見せる映画にして
体裁を整えている。僕には、それが物足りない。
SFの衣を借りているからこそ、
空疎にならないように企まないといけない。
それが、創作者としての、SFへの愛情、映画への愛情だと思うからだ。
それがないなら、A・アシモフの思弁的傑作を引き合いに出さないでほしい。
冒頭でアシモフの「ロボット3原則」が示され、
人とは? ロボットとは? といった、人間の根源的な本質に対する投げかけが、
序盤から中盤にかけて散見されるのだが、
こうした問いかけが、この作品の中で未消化なまま、
ラストにむかう大立ち回りのアクションが始まってしまう。
ウィル・スミスが、実は機械の体だった、といったサプライズや、
それを伏線とした、ラスト付近のスーパーマン的な活躍(30メートル(?)ダイブなど)は、
マンガ的にすぎて、思弁的な内容と齟齬を起こしてしまう。
サニーと呼ばれる、意志を持ったロボットが、機能停止されてしまうシーンなど、
いいなと思うシーンもいくつかあっただけに、残念。
「アイ、ロボット」と「LOVERS」、
共通点は、「スーパーマンの活躍」を「絵柄で見せる」ことか。
内容的に空疎な感じも含めて、何となく、同工異曲という感じがする。
映画って、所詮そんなもの、この程度、と
観た人に思わせてしまう点が、つまらないと思う。
「スパイダーマン2」の爪の垢を煎じて飲んではいかが。
まごうことなき、まぎれのない…
投稿者:
古田 彰信
投稿日:2004年 9月30日(木)00時17分2秒
徳島を舞台に傑作「下妻物語」が作られたら、どんなに誇らしいだろう、と僕は思う。
だが、それは無理な話。ヤンキーとロリータ娘の奇跡的な友情物語は、
「都市と農村の境界」が舞台だからこそ成立しえたのだ。
都市のエッジは、他者と他者の出会う、ダイナミックな場所だ。
四国は「境界」にはなりえない。
それは、四国を舞台にした映画をひもとけば分かる。
「青春デンデケデケデケ」「がんばっていきまっしょい」「世界の中心で、愛をさけぶ」等々、
時代を少しさかのぼりさえすれば、四国は、
ノスタルジイという幻想が、容易にたちあがる土地。
まごうことなき、まぎれもない、疑いようのない、確固とした、「田舎」なのである。
四国では、今、新作映画「ロード88」が公開されている。
四国先行公開なので、ほとんど他地域の人は知らない映画。中村幻児監督。
白血病の少女が四国88カ所を回りながら、多くの人と出会い、
成長し、多くの人に愛と勇気を与えていくというロード・ムーヴィー。
この映画、四国が舞台でありながら、
ホノルルマラソンの場面で始まり、ホノルルマラソンの場面で終わる。
実は、それが一番ひっかかった。
舞台を「四国88カ所」から、「ホノルルマラソン完走」に置き換えたとしても、
「自転車で北海道一周」でも、「泳いで東京湾を渡る」でも、
この映画は成立するのではないか、と思う。
主人公が旅する場所が、四国でなければならない点は何?
いかにもチョイチョイと撮ったという感じ横溢、絵になるシーンも少ないし、
何よりも、青い国四国の魅力を伝えるのに、彩度の悪い、
くすんだ色調の画面をなぜ使う?
僕は、四国の空気を写し取ったような、そんな特別な映画が観たかったのだ。
下妻と蜘蛛男
投稿者:
古田 彰信
投稿日:2004年 9月24日(金)19時56分49秒
しばらくこの掲示板に書き込みをしてなかった僕が、
頻繁に出没しはじめたのは、一種の逃避からだろう。
3年担任の僕の前には、進学用調査書推薦書。
目の前に山と積まれた仕事の束をみつめ、ため息をつき、
「ちょっとだけヨ」と思いながら、僕はタワゴトを心に思い浮かべるのだ。
「下妻物語」。
ロリータファッションに身をつつんだ深田恭子扮する桃子と、
土屋アンナ扮するヤンキーとの友情物語。監督中島哲也。
すばらしいのは、
現代の若者を描きながら、ドラマがきちんと成立している点だ。
ふだん接点のあるわけがないロリータとヤンキーが、
お互いを尊敬し影響されていくというアクロバティックな展開をみせる。
力技とも言えるドラマの展開に、僕はただただ感動してしまう。
リズムのある(それでいて丁寧な)編集や、
CGやマンガを多用するPOPな(でありながら端正な)画面構成、
エキセントリックな(かつツボを押さえた)語り口。
破調と見せかけながら、実は確かな表現力に裏打ちされている本作は、
手練れの仕事と言うにふさわしい。
また、この映画では、
主人公の桃子は、時間や空間を軽々と越えて「遍在」してみせる。
現代は、身体というフィルターを通さなくても、
あらゆる疑似体験が可能な時代だ。
主人公の桃子の、現実と妄想がないまぜになったサマ、
ロココ風の虚構の中に生きるサマ、
そして、身体性をどこか失って漂っているサマが、
極めて現代的な人のありように見えるのだ。
「スパイダーマン2」。
安直なサブカルのつもりでタカをくくって観に行ったら、
いい意味で裏切られた。正統派の展開に、僕はすっかり嬉しくなってしまった。
辻褄のあわないところ、
アメコミ原作ゆえと思われるいいかげんなことろも多々あるが、
それをマイナスと感じさせない説得力のあるドラマの展開や
ヴィジュアルの説得力は、いかにも堂々としたもの。
スーパーヒーローの挫折、というテーマで作品を作ると、
日本では、卑屈なコメディになってしまう。
ところが、彼の地アメリカでは、矜持あるヒーローとして描かれる。
スパイダーマンは、消防士や警察官など、
社会に貢献するために、日夜献身的に働く人々の姿とオーバーラップする。
プライドを持って、自分の職業を謳歌できる彼の国の人々は、
何とすばらしいのだろう。
そう思って、僕は調査書を書き始めるのだ。
書く書く。
投稿者:
伊丹来未
投稿日:2004年 9月22日(水)23時57分55秒
非常に遅くなったのですが、感想を叫ぼうには書かれていないようなので、少し触れてみたいと思います。久しぶりの書き込み。徳島県で行われた全国大会です。時間がたってしまったので、ほんの少し。軽く。。
今回はここを見られている方は皆知っていると思われますが、運営面は大変だったと思われます。台風さんですね。本当に皆様、お疲れ様でした。
今年の全国大会といえば、まず台風さんが浮かびました(^^;)
私が大半の高校演劇、全体的に持った印象は、音響や照明など、裏方さんがあまり練習ができていなかったのか、うまくはないなあ、というのを多く思いました。
特に多かったのが役者さんが照明のあたっているアクティングエリアから外れてしまうこと。これは打ち合わせ、練習不足かな。
サスの中に役者が入っていなかったり、シーリングライトを使っていないのか、顔が影になっていたり。そういう失敗が多数の学校で多く見受けられ、少し残念なところでありました。
後、セットについては見せ方、ほんとにそれでいいのかなあと感じたお芝居がいくつかありました。どの学校さんもとっても丁寧でした。
でも、客席に見えるセットの角度や、セットのデザイン、細かくつくっているけれど、本当に芝居に対して効果的だろうかなど、少し疑問を持ちました。
うーむむ、ちょっとうまく書くのはムズカシです(汗)
話は変わりますが、最近演劇部さんは淡路島にいったり(?)建築を見に行ったりしているようですね。夢舞台はどうでしたか☆
私も安藤忠雄など建築を見に行くのは好きです。
安藤忠雄の建築はとても存在感がり、風景の切り取りかたが非常に上手で、私も応用して建築の課題をつくっていきたいなあと、思ってますが、難しく感じてます。
演劇部さんも頑張ってください☆
ではでは。。
ゾンビを観た日に
投稿者:
古田 彰信
投稿日:2004年 9月22日(水)19時33分47秒
6月某日。「ドーン・オブ・ザ・デッド」を観た日。
映画が終わって、シネコンのロビーに出ると、映画館の前に群がる人々。
「世界の中心で、愛をさけぶ」に入場する人々の群れ。
あまりの人の多さに、思わず僕は立ちすくんだ。
ああ、おんなじだ。さっき観たゾンビの世界とおんなじだ。
ゾンビは、生きた人間の肉を求めて彷徨するが、人々は、「愛」を求めて彷徨する。
若いころ、僕は、「感動なんかするもんか」と思って映画館に行った。
安直に与えられるものには、けもののように警戒心がはたらいた。
だが、いつからか、人は「感動することを目的に」映画館に行く。
まるで養鶏場のニワトリのように。
エサを与えられ、卵を生む代わりに、人は涙を流す。
その即物的で画一的なサマが、ああ、まるでゾンビとおんなじだ、と僕は思う。
おかげで「世界の中心で、愛をさけぶ」は、興収80億円を越える大ヒットとなり、
原作は300万部以上売れた。悪貨は良貨を駆逐する。
経済の論理が優先されるのは、養鶏の世界も芸術の世界も同じ。
韓流ブーム。
投稿者:
しゅう。(tonbo)
投稿日:2004年 9月22日(水)00時28分22秒
お久しぶりです。
先日バイオハザード2を見てきました。
ターミネーターの影響を受けすぎです。
でもテンポ良く作られていたので、楽しく見ることができました。
さて先生がスウィングガールズに言及していらっしゃるので
対照的な素材で。
と言ってもただの印象メモですが。
最近、韓国ドラマが人気です。
冬のソナタ、美しき日々、美しい彼女、その陽射しがあなたに、オールイン、ホテリアー。
あとは....よくわかりませんがここ二ヶ月ほど主な韓国ドラマを見てみました。
まず言えることはわかりやすいです。
主役と、ヒロイン。そしてその友人。両親。敵役。障害となる人物。黒幕。
だいたいどのドラマにもこれらのポジションが必ず出てきます。
特に両親。
これは絶対出てきますね。
孤児という設定だと、実は母親は生きている、というパターンで出てきます。
そういうパターン化した中でストーリーが展開されるため
ある程度安心して見ることができる。
これがおばさま方に受けた、もっとも大きな要因ではないでしょうか。
登場人物の心理状態を、観る者にはっきりと伝えます。
伏線を張ったら、必ず回収します。
というより伏線の張り方がひどくベタです。
次が読めたりします。
ただ、そのあとにどっきりを仕掛けてくれたりもするのですが。
基本的に初めは主人公がどんどん不幸になっていきます。
孤独になったり、肉親が死んだりと、手のつけようがないです。
そして最終回に向けて盛り上がっていく、というパターンです。
最近の日本のドラマにはこういうベタさが足りないと思います。
さて、このブームでペヨンジュンやイビョンホンなど韓国の俳優が人気ですが。
彼らは全員筋肉質です。
軟弱な男は、オカマのアメリカ帰りのデザイナーとか、そういう役でしかいません。
ボクサー役なら本当にボクシングをします。
体を役のために鍛えるのです。
逆に言うと、韓国でトップの俳優になるには、マッチョであることが条件となっています。
これが日本で受け入れられたことの示すところは
日本における「癒し系」の本格的終焉ではないでしょうか。
そろそろユルさが飽和状態に突き当たってもいいころなのでは。
それとも中高年のお嬢さんに限った現象であり、
せかちゅーのヒットと対比すれば
これは世代間のギャップを示していると見るべきなのか。
しかしどちらにしても日本のドラマが
韓国ドラマに学ぶべきところは少なからずあると断言します。
もっと普通のドラマを作っても良いのではないか。
ここ最近で良かったと思う連続ドラマは「愛し君へ」くらい。
あのラストは衝撃的だった。
真っ白な画面が目に焼き付いて
数日、目が見えなくなる怖さがぬぐえなかった。
泣けると言った友人に言いたい。
あんな恐ろしいドラマはないよ、と。
p.s 松尾スズキ氏が監督した映画が、海外で爆笑と喝采を受けたそうです。
スウィングガールズ
投稿者:
古田 彰信
投稿日:2004年 9月13日(月)20時32分6秒
只今公開中。ふとしたことがきっかけで、
ジャズをやろうとした田舎町の少女たちの物語。矢口史靖監督。
ネタバレあります。
僕は、いつも、口をすっぱくして
「ドラマは論理的に作られるべきだ」と、
教条主義的に、またあるときは姑のように、言っているのだが、
この映画のように、
何だか、こんなふうに「あっけらかんと」やられると、
これでもまあ、いいか、と思えてきてしまう。
つくづく音楽とユーモアの力は絶大だと感じる。
でも、「ユルい構造」のドラマなら
「ユルい」というレベルで整合性が合っていないと、
このドラマをどう観ていいのかが分からなくなると思うことも、また事実。
たとえば、家庭で、母から「パソコンでチラシ作って」と言われた上野樹里、
飾りと化したパソコンを見せて、上野樹里が「もう飽きた」というシーンがあるが、
「何をやってもちゃんと最後までやりとげることができない」
少女の性格を伏線として描いたわけだから、
その伏線は回収しないといけないだろう。
ところが、この映画では、そうした性格描写や葛藤が曖昧なまま、
それほど苦労もなく、上野はジャズを演奏できてしまう。
また、また、ラスト、東北音楽祭の会場に時間スレスレで到着し、
少女たちがホールになだれこんでくる場面も、
その伏線はお粗末な限りであったりする。
もし盛り上げようとするのなら、会場内で、
時計を見ながらハラハラする関係者を描写するのは定番だ。
この映画、ホールへなだれ込んでくると言った描写は、
唐突なだけに見えてしまう。
また、音楽の先生が差し向けたバスが、単に遅れた、とするよりも、
列車に忘れた紅いブレザーを取りに戻っていて遅れた、とする方が、
説得力があるだろう。せっかく作った紅いブレザーも、登場させる限りは、
小道具として生かさないと、
何のために赤のブレザーを登場させたのか、イマイチはっきりしない。
というふうに、ちゃんとしたドラマが展開するきっかけが、何カ所も見られるのに、
それを回収しない、ユルいドラマ展開。
ユルいドラマならユルいドラマで、
そんな伏線っぽいセリフや小道具は削除してしまった方が、潔くはないか。
正統的なドラマ展開の端緒が無造作に転がっていることで、
作り手の無自覚さや技術のつたなさを意識させられる。それが痛い。
内容的な話に移ろう。
この作品では、おそらく意図的に、描かれていないものがいくつかある。
それは「努力する少女たちの姿」であり、「少女たちの人間関係と葛藤」である。
少女たちの演奏がうまくなるシーンは、一瞬で表現され、
少女たち同士の関係にも、さしたる葛藤や対立が盛り込まれていない。
基本的なトーンが「お気軽」なのだ。
それが、この監督の個性でもあり、作品を独特のものにしているのだろう。
つまり、作り手側が、論理を優先させず、「感覚で作品を作っている」ように見える。
そういう作品が受け入れられ、面白いと評されている現実を見ると、
僕は自信がなくなる。
「世界の中心で、愛をさけぶ」もそうだ。
作り手側は、論理性など意に介してないように見える。
ひょっとしたら、論理性は秀れた映画の必要条件ではなくなっているのか?
僕は自信がなくなる。
でも、これで、いいのか?
世界の中心で、愛をさけぶ
投稿者:
古田 彰信
投稿日:2004年 9月12日(日)14時50分24秒
おひさしぶりです。
いささか遅くなった。
しばらく前に観た「世界の中心で、愛を叫ぶ」の感想。
1
めちゃくちゃで面白かった。ツッコミがいがある。
特に「恋人が高松空港にいることをテレビのニュースで知る」という
コントのような冒頭、
彼女を捜しにいったはずなのに、
高松に帰ったとたん、彼女はどこへやら、
高校の彼女の思いでにひたるという、
狂ったような主人公は、とても印象深い。
偶然、高校で柴咲とサクはすれちがい、
雨宿りをした写真館で、偶然、柴崎はサクの結婚写真をみつけ、
テープの渡し主が、偶然、サクであったことを知る。
あの日、柴咲が幼いとき、テープを渡せなかったのは、
偶然、事故に遭ったからだって!
ラジオで白血病で彼女が死んだことにしたら、
偶然カノジョは白血病になるし!
偶然! 偶然! 偶然!
体育館に土足であがる非常識さ、
死にかけているのにプクプクと太っている長澤、
「忘れられないんだ!」と半狂乱になっていたのに、
「残された俺たちにできるのは後片付けだけだ」と重爺に言われたら、
次のシーンで立ち直っていて
「後片付けしなきゃ」と言ってる主人公は単純バカなのか。
そして、エアーズロックで散骨せずに、
途中の丘で散骨してしまう意味不明のラスト、
乗せてもらってる車がパンクしてるんだから、
直すのを手伝った方がいいと思うネ。
アボリジニに失礼だ。
2
そこまで書いて、ちょっと考え直す。
要するに、僕は、この作品が、論理的に支離滅裂であることが、
許せない、と、考えている。
もちろん、この映画、笑ってしまうほどに、拙い。
でも、この映画の創り手が、確信犯的に創っているのなら、
そのしたたかさを「少々は」認めてもいいかなとは思う。
この映画、とてもナルシスティック。
恋愛は、とてもプライベートで、主観的なものだから、
観客が感情移入しやすくするためには、
こうしたナルシシズムも必要なのかもしれない。
リアリティは、恋愛のヴォルテージをさげてしまうのだ。
だから、台本は二の次。
だとすると、ラスト、エアーズロックで散骨しないことを、
ことさらに「変だ」と、僕は前半で言ったが、
ナルシストである主人公=観客の主観こそがそのまま肯定される世界においては、
そんなことは些事にすぎないのではないか。
ナルシストにとっては、自分が「世界の中心」なのだから。
タイトルにある「世界の中心」というのは、実はオーストラリアではなく、
その映画においては、自我の肥大化した「自分自身」なのではないか。
肥大化した自我を持て余し、それゆえに傷つきやすい心を持った現代人にとって、
この作品は、自分自身を投影できる、優良ソフトだったに違いない。
過去の甘美な思いでだけが、主人公の心を癒す。
だからこそ、記録的大ヒットとなったのだろう。
もちろん、こうした作品が歓迎されることは、
平均的日本人の、自ら考える力が脆弱になりつつある、ということだと思う。
情緒的反応をする国民の方が、政治家にとっては、
操作しやすいということでもあるし。
その意味で、極めて現代的な作品だとも僕は思う。その点は認めてもいい。
訂正!
投稿者:
なっち
投稿日:2004年 8月21日(土)20時59分26秒
訂正!!
下で竹中直人さんを武田直人と描いていました↓
目ぼけていたとわいえ・・・(汗)
アーーーほーーーーやーーーーー!!!!!!(泣き叫)
シュレック2
投稿者:
なっち
投稿日:2004年 8月17日(火)22時16分4秒
シュレック2見てきましたーvV
1を家で微妙にしか見たことがなかったので話がわかるか心配していたのですが、全く心配はありませんでした。とても面白かったです。
アニメーションはリアルでたまに本物?!と、思ってみたりする場面も・・・。
細かいところまで再現しているところは感心しました。
シュレックはアメリカ産(?)なのに、浜ちゃんが吹き替えをしているので関西弁なのが結構気になりました。やっぱ、あんなアメリカンんな緑の怪物が関西弁喋るなんてっ!!!とひっかかりもしたけど慣れてくると逆に標準語で喋られると・・・。
日本だと方言があって変化がわかるから王子がシュレックに化ける所では「あ!姫に怪しまれてるー!!」と分かったけど果たして英語で喋っているのはどうやって変えているんだろう?など疑問は残りました。
今回猫役を武田直人さんが吹き替えをしていて実はこれを楽しみに見に来たほどでvV
かっこよかったですー!!かっこよすぎなところもありましたが、直人さんファンとしてはたまりませんでした。
後、音響?で郷ひろみさんの英語版の歌が流れたのにもビックリしました。
これはやっぱり字幕で見ても同じ歌ですよね?!と聞かなくてはおれません!!
興奮のオンパレード。
3でたらまた見に行きたいなと思いました。
・・・本当に感想しか喋ってなひです・・・。
花組芝居『その鉄塔に男たちはいるという』
投稿者:
ザキ
投稿日:2004年 7月31日(土)03時20分45秒
徳島の皆さんは、素晴らしき全国大会中でしょうが…
帰省できなかったため、ザキはこっちで見た芝居の感想を投下いたします。
(全国大会の感想希望。見た人書き込んでください…)
花組っていう劇団…?なのかよく分からないのですが;;
土田英生作『その鉄塔に男たちはいるという』を見てきました。
戦争中に日本兵の駐屯地に慰問に来て、そこから逃げ出したコメディアンたちのお話です。
実はこれ、在学中に一回読んだ事がありました。
んで、是非とも舞台で行われるのが見たかったのです。
芝居を見て、台本のよさは凄く感じました。
戦争の真っ只中に居るというのに、コメディアン達は、ネタあわせをしたり、些細なことでケンカしたりします。
その衝突の裏に、みんなが共通して持っている戦争への恐怖が見えるんです。どらまてぃっく。
何気ない一言で、周りにいろんな感情が浸透していくのが見えて、とても興味深かったです。
芝居の作り方も、非常にザキ好みでした。
芝居の中に、床に寝転がって会話するシーンがあるのですが
そういったシーンを、壁を床に見立てて演じていたのです。
照明を暗くして、役者さんがいるあたりだけを仄かに照らして、
役者さん自信が持ってる懐中電灯で顔を照らして、お客さんに見せるんです。
実は、見に行く前に、そういう演出がされているのだと聞く機会があったのです。
んで、それって大丈夫なの!?と思っていたんです…が。
何だか凄くシーンにフィットしていました。
役者さんの演技の素晴らしさも勿論ですが、
音響と照明が凄くいい雰囲気で、見せ方がキレイでした。
今、戦争物の作品をやられると、やっぱりイラクのことを思い出します。
アメリカ軍兵が、難民をなぶったりしていたこととか。
芝居を見ていたら、その間にいろんな記憶がフィードバックして、彩りを添えますね。
で、芝居の中に色んな意味を見出せる。
これが、芝居を見る楽しさかな、と最近思っています。
とにかく、面白かったヨ!!!
最近、感想をカキコしすぎでしょうか…むやみに見ているので。
あんまりカキコが続かないようにしようとは思っているのですが;;
皆さん、早く全国の感想を叫んでください〜〜〜
ベトナムからの笑い声『G・H・Q』
投稿者:
近藤理恵
投稿日:2004年 7月25日(日)18時32分37秒
京都でベトナムからの笑い声という劇団の芝居を見てきました。
会場でボーズさんに会いました。東京からいらしてたんですね。すごい!!
ベトナムは私が大学生になってからずっと追いかけている劇団です。
今はなき(?)三角フラスコや活動が減少している八時半よりも小さな劇団だったベトナムですが、今は、京都の中でもかなりの存在感を持った劇団です。
笑いという目標のために手段を選ばないというコンセプトの元繰り広げられる場面は、その題名、劇団名からも想像がつくように、かなりシュールです。
面白いのですが、絞った観客対象は、ほぼ自分たちと同世代というところで、今のトミニシの学生さんには内容がわからないかもしれません。
今回の『G・H・Q』は、前回の『べトナリズム』の続きのような感じで、始めてきた人には、少々わかりにくいものだったかもしれません。
ライダーの敵、悪の枢軸、悪の秘密結社の日常、そこにある博士の怪人創造への苦悩、無意味な会合、怪人の思い、ショッカーの恋愛の四本立て。
悪者には、悪者の苦悩がある!そう言わんばかりの四本にほれました。
内容も書きたいけど、ちょっと書ききれません。
感想を叫ぼうの掲示板なのにすみません。
一度見ていただくとわかると思います。
次回は11月だそうです。
楽しみだなあ。
「煙ノ行方」と「煙の行方」
投稿者:
ザキ
投稿日:2004年 7月25日(日)00時11分35秒
ポカリン記憶舎という劇団の『煙の行方』と『煙ノ行方』の二本立てを見てきました。
ザキがこの間参加してた、ワークショップに講師として来ていた方々の劇団なのです。
非常に不思議な芝居作りをしていて、興味深かったです。
セットが、とても抽象的。
具象・抽象との分け方はしたくない、と美術家さんは言ってましたが。
舞台床は白いリノリウムで、10センチほど上げています。
で、舞台を囲むように砂が撒かれているのです。
舞台奥には、コンクリの打ちっぱなしを模したパネルが並び
その前には50cmほどの水が溜まった溝が走っています。
舞台上には一辺80cmの白い立方体で、
横向きに円柱型に穴が開いているものが5つ並んでいるのです。不思議空間……。
さて、最初は『煙ノ行方』。こちらは男性版で、男優さんしか出ません。
場面は、病院の地下待合室。精子バンクに登録?しに来た人々が会話していきます。
…と、状況を説明してしまったら早いのですが、
脚本や舞台の様子からでは、現状把握がしにくい作りになっていました。
舞台空間からは場所が掴めませんし、役者はとにかく喋らない。
一人目が登場して、立方体に座ります。どうやら直方体はイスのよう。
それから、俯いたりアクビをしたり、肩の埃を払い始めた、と思ったらビクっとして振り返ったり。
一言目が出るまでに3分くらいあったんじゃないでしょうか。
それから、後数人やってくるのですが…会話はあったりなかったりなのです。
人がいるのにシンとした場面がいくつもあって、しかもそれが、本当に無の間なのです。
1時間弱の芝居だったのですが、黙ってた時間の方が長いんじゃないの、と思いました。
それだけシンとすると、何かを掴もうとして逆に役者をジッと見るんです。
で、その見る感覚が新鮮で面白かったです。
次が『煙の行方』。こっちは女性版で、女しか出ません。
と、その前に。『煙の行方』と『煙ノ行方』の間には15分の休憩がありまして。
その休憩の間に、後ろに立ててあったパネル5枚が、倒れてきて床になるのです。凄い場転方法。
『煙の行方』のセットは、倒れて床になったパネルがアクティングエリアになります。
藍色っぽいリノリウムの床で、中央に金魚鉢が乗ったガラスのテーブル。
上奥に木で出来た手すり?よく分かりません。で、奥との境界には暖簾。
比較的、分かりやすいセットです。
『煙の行方』は、踊りを習いに来た人たちの待ってる間の会話、かな。
話という話はないのです。細切れで色んな会話が始まるカンジ。
受け返しがもの凄く上手な役者さんが居て、感動的でした。
両方とも、ちゃんと見たのに上手く掴めない芝居でした。
折々に思うことがあっても、全体を通した芝居像に結びつかない。
でも、やってることは凄く面白かったです。
あと、音響・照明が凄い。全く説明的でない音と光が、ちりばめられているのです。
で、音響も照明もセットも演技も、全てが同等に場を作り出しているカンジで。
上手くいえないのですが、凄くキレイでした。
不思議でキレイな空間を、全員で作り出そうとしている劇団なのかな、と思いました。
ああ、何か感想よりもセットの説明の方が長い…面白かったんですよ。
来年の6月に、高知で公演をやるらしいです。
もしも誰か見に行ったなら、この不思議感覚が共有できるかも!!
韓国映画は面白い2「ブラザーフッド」
投稿者:
古田 彰信
投稿日:2004年 7月11日(日)23時51分31秒
またまた韓国映画。「ブラザーフッド」の感想を叫びまする。
朝鮮戦争を舞台に、否応なしに戦場に駆り出された兄弟の物語。
この映画「兄弟愛が気持ち悪い」「朝鮮戦争をダシにした泣き映画」と
日本では否定的な見方も多くある。興業も苦戦中。
だが、同じ泣かせの映画でも「世界の中心で、愛をさけぶ」などと比べると、
こちらの方が、よほど健康的な感じがする。僕には、とても面白かった。
「健康的だ」と思ったのは、登場人物に魅力があることだ。
主人公は、熱い。とにかく熱くて、無鉄砲。
儒教の国らしく、兄弟をはじめ肉親の愛情は、国家よりも思想よりも大切だ、
という主張が貫かれており、
主人公の行動原理がとてもストレートで、見ていて痛快。
これに対して我が「世界の中心で、愛をさけぶ」の登場人物たちなどは、何だかみんな死にそうだ。
アクション映画では、登場人物が熱いことは鉄則。
そうした「ブレのなさ」がとても潔くて、僕は「ブラザーフッド」が好きだ。
そして、何より僕が共感したのは、
(いささか単純化されているが)国家や戦争に対する健全な批判精神が見受けられる部分。
「国家は根本的に悪」「個人の方が大事」といった「当たり前のこと」が、
こうした娯楽映画でもきちんと踏まえて作られていることが、
変に権力の顔色を見たり、愛だの恋だのコマーシャリズムに毒されていたり、
迷走する凡百の日本映画よりも、よっぽど好感が持てる、というものだ。
また、日本映画と違って、さすが徴兵制の国、
銃を持っても皆サマになっており、アクションとしても一級品だ。
「プライベート・ライアン」と比較されてしまう内容なのは御愛嬌だが、
「バトロワ2」よりも、何百倍もきちんと戦争映画している。オススメです。
沖縄古典舞踊
投稿者:
ザキ
投稿日:2004年 7月 2日(金)20時39分6秒
学校の教養行事で、沖縄古典舞踊を見ました。
伝統芸能系(?)のものは、ほとんど見たことが無かったのですが…予想外の面白さでした。
沖縄古典舞踊は、私がこれまでに見たものの中では、京劇に近い雰囲気です。
煌びやか…というよりも、色のはっきりとした衣装を着て、踊ります。
10分〜15分の演目を10本見ました。
中にはちょっとした物語形式になっているものもあって、で、それが凄く興味深い。
ちょっとした仕草――首の曲げ具合や、手の角度、振り向く早さなどで心境を表すのです。
もちろん踊りですから、表す感情は客に分かりやすいものなのですが、
細かく変わっていく踊り手同士の関係というのは、
トミニシで目指していた「演劇的」に近いのではないか、と思ったんです。
きれいな衣装を着た美女と、お面をつけた醜女が演じたコミカルな演目では、
舞踊であるにもかかわらず、客席からの笑い声が絶えませんでした。
醜女が首をかしげたり、動きを止めたりするだけで笑いが起こります。
その瞬間の体制や、動きのメリハリ、持っている雰囲気が、とても可笑しいんです。
笑える踊り、というのは初めて見た気がします。
客席を温かい空気でつつんでくれる、これが芸能のよさなんだなぁと改めて思わされました。
大学に行って、いろんな種類の演劇に触れる機会が多くあります。
どんな演劇にもそれが「良い」と言われる理由があるワケで。
「良い」箇所を見つけ出して、自分がどう感じ何を思うかが一番大切…と勝手に思っています。
見たものを、これまで経験してきたことに繋げて、いろいろ考えたらいいと思う。
もちろん、演目や演劇のスタイルによっての好き嫌いはあるんですがね。
韓国映画は面白い「殺人の追憶」
投稿者:
古田 彰信
投稿日:2004年 6月30日(水)17時58分49秒
僕も書き込んでみよう「感想を叫ぼう」。
少し前の映画だが、とても感心した韓国映画「殺人の追憶」について。
この映画を、語らずに済ますことはできぬ。
釜山の郊外で、1986年から1991年まで、
実際に起こった未解決の「華城連続殺人事件」をもとに、
捜査の動きを綿密かつ大胆に追った警察サスペンスの傑作。
韓国でも大ヒットし、映画賞も数多く受賞しているこの作品、
映画館での上演が終わってしまったことが残念。
何がすばらしいって、その映画的な面白さ。
全編に大胆なモンタージュや象徴的なシーンを配し、
音を非常に効果的に使いながら、
スタイリッシュかつダイナミックに映画的に見せるセンスは、
近年稀にみる作品だろう。デビッド・フィンチャーなど、
新しい時代の映像スタイルの影響を受けているのは歴然。
それでいて、端正。象徴的な絵作りがとてもうまい。
エキセントリックでコミカル、残酷な部分もありながら、
社会派としての志がブレず、骨太な内容なのが好感が持てる。
前近代的な捜査を繰り返す警察に対する批判もバッチリ。
この映画、もともとは「顔」というタイトルだったらしい。
最初、いくつもの容疑者の(味のある)顔が、フラッシュバックで次々に映されて、
ノートに写真が貼りつけられていく。
また、「誰が犯人か俺はわかる」という刑事に対して、
「どちらが強姦魔か当ててごらん」という刑事。
エピローグ、刑事をやめてセールスマンとなった元刑事の、
稲穂の広がる側溝での犯人とのニアミス、「どんな顔」だった?」と尋ねる元刑事に
「ありふれた顔」「普通の顔」と答える少女。
茫然とするしかない刑事。年月は過ぎ去っても、変わらない稲穂の光景。
ラストは「子供と刑事」のトップシーンとリンクされ、
見事なシンメトリーをなしている端正さ。映画史上に残る、名ラストシーンだと僕は思う。
この世の中に信じられるものはあるのか、
何が正しくて、何が誤っているのか、
刑事たちが、事件に直面し、とまどい、途方に暮れる姿が、この作品、とても印象的だ。
その姿は、前近代から近代に韓国社会が移行していくにあたり、
古いものや、やりかたが崩れて新しいやりかたになるにつれ、
「何が正しいかわからない」「何を信じていいのかわからない」状況に
おかれている韓国の人々の戸惑いを象徴的に表しているように思う。
(それは、近代化された我々日本の通ってきた道でもある)
こうした言わば「むさ苦しい映画」が大ヒットしてしまう韓国社会、
僕には、骨太でとても魅力的に映る。
「シルミド」も傑作だった。続々公開される韓国映画、何だか目が離せない。
暗愚小傳
投稿者:
ザキ
投稿日:2004年 6月29日(火)19時57分27秒
見るだけなら、結構たくさん芝居を見ているのです;;
というワケで、調子に乗ってもう1つ感想を産み落としていこうかと思います。
平田オリザ作・演出の『暗愚小傳』(『あんぐしょうでん』と読みます)を見ました。
これは、高村光太郎の生涯を描いた作品で、全部で4部の構成になっています。
4部といっても、そのひとつひとつは日常のワンシーンを切り取ったもので、
シーンごとに年数が飛んでしまったり、
妻智恵子の病気が進行していたりといろいろあるのですが、
あんまり違和感無く、全てのシーンを続けてみられます。
この作品は今回で2度目の観劇でした。
前回はホールで、今回は小劇場での観劇だったのですが…
セットがホールサイズに合わせて作られているために、一部しか建てられてなく、
全貌を知っている身としては、物足りなさを感じました。
凄くキレイなセットなんですよ!!……語ると長くなるので割愛します。
さて、芝居についてなんですが。
凄く丁寧に世界を作っているな、というのを凄く思いました。
セリフの微妙なニュアンスや間による笑いを、全部さらっていっていて。
爆笑が起こるような芝居ではないのですが、クスクスという小さな笑いがいつも客席にありました。
今回は特に、書かれているセリフによって起こる笑いよりも、役者たちのやり取りによって沸きあがる笑いを大切にした演出がされていた気がします。
舞台上では、さりげない日常が描かれているんですが。
脚本に書かれていないトコロでの出来事によって、人同士の関係が変わっていたり、
何かしらの対象に向かう登場人物の気持ちが変化していたのが、伝わってきました。
大きな出来事はどこにも起こらないのですが、ラストシーンではじんと胸が熱くなります。
登場人物が詩人である、ということとも関係しているのかもしれませんが、
セリフに選ばれている言葉が、凄く透明でキレイな気がして、
舞台上に作られた世界が、とても美しいものになっていました。
何回見ても、見てよかった、と思う作品です。
平田氏の作品には、時々もの凄くキレイな言葉がセリフとして書かれていることがあって。
もちろん、セリフがキレイになるかどうかは、放つ役者さんの力量の問題もあるんでしょうが。
まあ、そういうキレイな言葉を舞台上に乗せられた時に、ザキは、
ああ、もう、ホント、大好き…!!
と思ってしまうのです。無条件降伏ですよ。
何だか分かりにくいカキコで申し訳ないです。青年団はいいよ!ってことかな!!
また、何か見たら書き込みに来ます〜
クミさんへ >>> 「劇の宇宙」の劇評、ぜひぜひ見たいですね!本屋で探す〜!!
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